ネット社会で生きるということ

最近、切に想うことがあります。

何度も話しているように、テレビ嫌い、新聞も当の昔に読まなくなっているワタクシの

情報源は「YAHOOニュース」を中心とした「ネット社会」に依存してます

これは私だけでなく他の皆様にも、実は一般的な傾向でもあると思われるのです。

昔の低性能PC、ダイヤル回線の時代には、PC起動しサイト接続が異様に遅いので

それだったら、テレビを見るなり新聞を読む方がはるかに現実的でした。

それが今では、光、LTEなどの高速回線で常時接続、、、PC、スマホの性能の飛躍的な

機能向上、、、どこにいても気軽に情報収集出来ます。

ところで「情報」とは何でしょうか

こちら側はもちろん、「真実」を知りたいわけで、あくまでも「中立」を貫き通す

マスメディア情報を望みます。

地上波テレビ、新聞が「情報収集」の主力であった時には、テレビはCMスポンサーからの

収入、新聞であれば、それ自体の購買収入などで成り立つわけで番組制作、新聞発刊に

中立立場を崩す第三者の介入はあまり無かったと思われます。

で、現在はどうなんでしょうか?

テレビも新聞も、時の「阿部政権」の介入が入っているようで、柔らかい批判はありますが

強く批判をする番組、新聞が少ない気がしますが気のせいでしょうか

そして、本題の「ネット社会」についてですが、我々は対価を払わない「無料」で

ニュースをはじめ、情報を得るわけですが

ネット情報提供者にとっては無料奉仕の対価は「広告収入」になるわけです

要は如何に広告を見せるのか、、如何に興味そそるヘッドラインを作り「クリック」

させるのか、、、

こうなってくると、派手で大袈裟なヘッドラインが出てきます。

例えば「100年に一度の美少女」、こんなヘッドラインには、ワタクシも男子ですから、

反応して思わずクリックしてしまいます。でも見てみるとたいしたことなかったり、、、

例の市川海老蔵さんのブログ記事が毎日のようyahooニュースになったり、、、

これはどう考えても「成田屋」「松竹」とyahooの契約があるとしか考えられません。

このように本来の「広告収入」以外にどうも不透明な「契約収入」がネット社会には

蔓延しているように感じられます。

これでは厳正中立の記事などは到底望めません

我々は謂わば「ネット情報」に「印象操作」「情報操作」されているのです。

チョット怖いですよね、、、

このネット社会での情報収集は、確かに利便性向上が著しいのですが、その一方で

知らぬ間に「印象操作」「情報操作」されていることも、忘れてはならないと思います。

なお、当記事はあくまでもワタクシ個人によるものです、、、その点はお察しくださいませ

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