小林麻央さんのご逝去に想うこと

昨日、小林麻央さんが6月22日にご逝去された報道が報道されました。

私のPCの「Google Chrome」を起動すると、「YAHOO!JAPAN」が開きます
普段テレビをほとんど観ない私の情報源は「YAHOO!JAPAN」になるのですが
毎日、市川海老蔵さん、小林麻央さんご夫婦のブログ更新がナゼカ記事になるのですよ
「まおが退院した」「搾りたてのオレンジジュースがおいしかった、、」
あまりにも「ソレがニュースか!」とずっと辟易してました。
「YAHOO!」のそんな記事のコメントは「アンチ」が蔓延してましたから
私もそんな「アンチ」のコメに「そうだ、そうだよね」と協調しておりました
コメントを観て「人生の負け組」の鬱憤を紛らわせていた訳です、、ナサケナイ、、、

昨日、いつものようにPC起動、「Google Chrome」を起動すると

「YAHOO!JAPAN」トップに「小林麻央さん死去」のニュースに固まりました、、、

人間の「死」というものは突然訪れます。
麻央さんご夫婦の「ブログ」ネタに少しでも関わったワタクシ的にも、チョット「喪失感」を
覚えました。
そして、、海老蔵さんの記者会見、、、海老蔵さんへの、麻央さんの最後の言葉

「アイシテル」

ワタクシの琴線に触れましたね

過去このブログでも、「世界の中心で、愛をさけぶドラマ版」を幾度となく取り上げて

おりますが、、

その亜紀の最後の言葉も「ありがとう」ではなく、「すきよ、朔ちゃん」でした

ワタクシ的にはコノ献身的な相手に対する「アリガトウ」より
直情的な「アイシテル」、そんな言葉に琴線を刺激されます

これはもう各々の「死生観」の話になってしまいますが
「ありがとう」と言った時点で死の虚無的なモノへ向かっていくと思うのです
ワタクシ的には死は「何もない、虚無的なモノ」と捉えてますが、
実際、自分が死んでいくとき、どう感じるのか、、もちろん、分かりません
そんな「虚無的なモノ」が怖くて直情的な「アイシテル」の言葉が「最愛なヒト」と
死してなお結びつけるように思えるのです

反対にソノ言葉を受け取った側は長い間、「トテツモナイ喪失感」を経験する訳ですが、、、

海老蔵さんの会見は立派でした、タレント嫌いのワタクシ的には「脚本」在り来と妙に勘ぐってしまうのですが、、、アノ涙は本物でしょう
話す内容も「漢」を感じました。

最後に改めて小林麻央さんのご冥福と更なる海老蔵さんのご邁進を祈っております。。

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