セカチュー AH病のその後

今でも、セカチューは毎日鑑賞して涙しています。

どうやら、私の「AH病」は「寛解期」を迎えたようで、アノ胸を締め付ける圧倒的な絶望感

などの、氷山の一角がゆっくりと溶けていく気がしています。

私なりの納得のいくエンディングの解釈ができたことが一つの処方箋になった気がします。

ただ今でもセカチューを観ていて一番、わからないことは朔ちゃんは亜紀に献身的に様々な

モノをあげていますが、じゃー、亜紀が朔ちゃんにあげたモノとは?と意味がないような疑問

を感じます。恋愛はフィフティフィフティですからねぇ

まずは、

亜紀の朔ちゃんへの最後の言葉が

「すきよ、朔ちゃん」

、、なのですよ。「今までありがとう、朔ちゃん」ではないのですよ!

ほとんど毎日、見舞いに来るは、ウルルへの旅費も出してくれるは、アタシの自殺行為で

後で責められるのは朔ちゃんなのにウルル行きに一緒に着いていて来てくれるは、

ヒトのいい朔ちゃんを騙して病名は教えてもらうは、結婚届は持って来てくれるは、、、

そんな献身的な朔ちゃんへの最後の感謝の言葉は

「今までありがとう、朔ちゃん」こう来るのが過去のお涙頂戴ドラマの王道だったはず、、

でも、実際はアノ場面で「すきよ、朔ちゃん」が

「すきよ、朔ちゃん、、大好きだよ」

初回で、ワレワレAH病感染者にウイルスまき散らした、このセリフとの対比で、

圧倒的な絶望感を注入してくれたのでした、

罪づくりな脚本ですね。計算されてます、、ただ、この斬新?な脚本あってこその、

コノ、ドラマ在り、との想いを強くします。

亜紀の最終的な死生観の終着点は自分が死んだら「あの世、天国」という現存者の観念的な

モノを否定していたはずですが、結局は「好きな人と一緒に生き続ける」ということを、

概念として受け入れたように思えるのです。

一方で死ぬことの虚無感に「恐れもあった」

「今までありがとう」では今、まさしくアタシが死ぬ、、、コワい、、

深読みし過ぎでしょうか、、

まぁ、朔ちゃんにとっては、亜紀に何をされようが

マリア様の胸に抱かれ

「じゃー結婚して、、オレを幸せにして」

などの場面を観返していると、朔ちゃんにとって亜紀の「存在」はそばにいてくれるだけで

「イイ」という純愛の到達点に、行き着いてしまっているようなので、亜紀の最後の言葉など

なんの意味もないのだなぁーと思っています。

亜紀が朔ちゃんにあげたモノ、、、野暮なハナシでした、、、

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