世界の中心で、愛をさけぶドラマ版 最終話

最終話、

朔ちゃんは新たに桜井アキとその子供と一緒に走っていく(生きていく)ことを決断する

わけですが、ワタクシ的にはどうしても、納得できませんでした。

だって亜紀が不憫でなりません。AH病、、ウゥ、、、

(どうも桜井幸子という女優は昔はどうであれ、ちょっと苦手だし、ガキの臭い演技も嫌だし
あの二人じゃ、亜紀が可哀想です。おっと、これでは客観的に観てませんね。すいません!)

どうしても亜紀命のワタクシ的には朔ちゃんには亜紀の後を追ってもらって

「後追い自殺」して欲しい願望がありましたが、「喪失」と「再生」がテーマの物語なので

それはあまりにも、ナンセンスですよね!

で、エンディング最後の

二人が思い出の堤防で再会するのですが、ここに自分を納得させる解釈を

ずっと探してました。

当時より

1視聴者へのサービスシーン

2朔ちゃんの死後の世界(これは直前に、走り終わったその時に、君に笑って会えるだろうと朔ちゃんがナレーションします)

3ふっ切れた朔ちゃんが見た夢

…etc

私は最初は2でした。でも、亜紀の死生観では死後の世界はないですし、遺された朔ちゃんに

はいいかもしれませんが

亜紀がやはり不憫でなりません。

1は論外、3についてもオイオイ、そんな簡単にふっ切らないでくれよ、亜紀が可哀想だろ!

と全く納得できず涙しながら苦しんでいました。

何度も号泣しながら、全編を繰り返し鑑賞する中で、

「ソラノウタ」にその納得できる答えなるモノを見出し、掴んでいきました。

朔ちゃんはずっと、亜紀の骨をウルルでまこうとしてまけない夢を見ています

17年間もです、、17年間、、、

「朝 起きると,泣いている.悲しいからじゃない,
夢から現実に戻ってくるとき、跨ぎこさなくてはならない
亀裂があり、僕は涙を流さずにそこを超えることができない」

それは

亜紀が死んだ、、ということを未だ自覚出来ない事を表しているのでしょうか。

最後、亜紀は遺言として、家族や友人、担任の谷田部先生へはテープを遺しています。

しかし、朔ちゃんにはこの「ソラノウタ」という絵本を遺しているのです。


ソラノウタ

生きていくあなたへ

もしもおまえが
枯れ葉ってなんの役に立つの?ってきいたなら

わたしは答えるだろう
病んだ土を肥やすんだと

おまえはきく
冬はなぜ必要なの?

するとわたしは答えるだろう
新しい葉を生み出すためさ

おまえはきく
葉っぱはなんであんなに緑なの?

そこでわたしは答える
なぜって、やつらは命の力にあふれているからだ

おまえはまたきく
夏が終わらなきゃいけないわけは?

わたしは答える
葉っぱどもが、みな死んでいけるようにさ

おまえは最後にきく
隣のあの子はどこに行ったの?

するとわたしは答えるだろう
もう見えないよ

なぜなら、おまえの中にいるからさ
おまえの脚は、あの子の脚だ

がんばれ

この絵本は最後に亜紀から朔ちゃんに手渡されるはずでしたが、アクシデントで

17年後に朔ちゃんの手に渡ります、、、

ここまでで、朔ちゃんは亜紀は死んだ、、、でも忘れる、忘れないじゃなく、ずーっと

亜紀は自分中にいて、いつも「頑張れ」と励ましていてくれたように思える、、、

この絵本を読んで、朔ちゃんはそのことを確信したのでしょうか、亜紀はずっと自分のなかで

一緒に生きている、、と

その後、ようやく亜紀の骨を2人の思い出の「グラウンド」にまきます。

3話の祖父のエピソードが伏線になってますが、このことにより、亜紀は朔ちゃんと

永遠に一緒になれた、、、と思うわけです。ウゥ

おまえは最後にきく
隣のあの子はどこに行ったの?

するとわたしは答えるだろう
もう見えないよ

なぜなら、おまえの中にいるからさ
おまえの脚は、あの子の脚だ

がんばれ、朔ちゃん、、ピー
そして、再び例のエンディングへ

朔ちゃんが2人の思い出の、寄り添える場所、遠い夏の日の堤防へ走ってきます

とんとんぷす
びっくりした?(私が朔ちゃんのなかにいて、、、)
したよー (とても、嬉しそうな朔ちゃん)

17年間苦しみ続けた、朔ちゃんの見ていた夢が、こんな形に昇華したのでしょうか。

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